B:魚食いの巨漢 ブッカブー
山岳地帯の川で、魚を獲る漁民たちは、釣れた魚の一匹を置き去り、自然に感謝するそうだ。特に小柄だった「ブッカブー」は、一族からはのけ者にされていたようなんだが、漁師が残した魚を食べ、しぶとく生き延びてな……。
いつしか、漁民を襲い魚を奪うようになり、さらには人を喰う、化け物へと成長を遂げたんだ。まったく恐ろしい話だと思わないか?
~クラン・セントリオの手配書より
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なんとも後味が悪い。
その村は近くを流れる川で漁をして生計を立てている小さな辺境の村だった。こういった村ではありがちな排外的な空気もなく、どこの馬の骨かもわからない冒険者であるあたし達を目的も聞かずにすんなり受け入れる懐の広さと柔軟さを持っていた。
いつもなら討伐対象の情報を集め、状況もよく把握してから取り掛かるのがルーティンだった。それはあたしが最初の仕事で「狩ることを求める側の情報は偏っていることが多い」ことに気が付いたからだ。情報の誤りに気付き、倒したくないと感じる相手を倒さなくてはならない事態に陥ってしまった経験はあたしにとってトラウマだった。
それを防ぐためには、いちいち情報の裏付けをとるか、情報を鵜呑みにして他の情報は一切シャットアウトして考えないかのどちらかしかない。下手に好奇心が強いあたしは前者を選択し、それ以来相方が面倒臭がっても裏どりはするようにしていた。
それなのに何がそうさせたのか。今回に限ってあたし達はその情報収集を怠った。
クラン・セントリオの情報では幼体のときから体が小さくて同種族であるムードスードの群れからつまはじきにされ、村の漁師が漁の成功と川の恵みに感謝して供え置いて行く、そのお供え物の魚を食べて生き延びた凶暴なムードスードで、現地でブッカブーと呼ばれる巨大な個体が遂に人を喰らい食人鬼になったから討伐せよというものだった。
先にも言ったがいつもなら情報を鵜呑みにしないで聞き込みをして取り掛かるのだから確認不足と言えばそれはそうだけど、人を喰らう巨人族と言われれば否応なしに倒すべき相手と思ってしまう…というのは言い訳にしかならないが。
とにかく仕事を恙なく済ませ村に戻ったのだが、よせばいいのに討伐した後に村人の態度に引っかかるものを感じて事後に情報収集したのだ。
村人の話によれば、ブッカブーは生まれた時から他の個体の半分ほどの大きさだったという。通常小さく生まれた個体は長生きできないし、群れの足手まといになるので親も見捨ててしまうものらしい。
そうして幼体ながら群れから見捨てられ、獲物も満足に狩れないブッカブーは、この地の風習として漁師が次の漁の成功と今日も無事に漁が出来たことに感謝して獲れた魚の中から一匹お供え物として河原に置いて行った、そのお供えの魚を喰らって生き延びた。
ブッカブーが摘み食いを何度も繰り返すうち、村人達もそのことには気付いたのだが、幼くして群れから孤立したブッカブーが生きていくためには仕方のない事として、見て見ぬふりをしていたという。
魚を主食としたことでブッカブーの体質に変化があったのか、それとも幼少時に小さい個体は育てば大きく強くなる性質があるものなのか、前例がないため詳しくは不明だがブッカブーは他の個体を凌駕するほど立派に育った。村人の中にはブッカブーの成長を喜ぶ者も少なくなかったそうだ。
そんな中、ギラバニア山岳地帯を激しい飢饉が襲ったことがある。その際、飢えたムードスートの群れが村を襲おうとした事があったらしいのだが、驚いたことにブッカブーが同族ムードスードの前に立ちはだかり村を守った事があったのだという。村の近くで魚を与えていたのだからブッカブーが村周辺を自分のテリトリーだと思っていたのだろうとか、これに理屈をつけて偶然と決めつけるのは簡単だ。
だが、村人の話によれば今回ブッカブーがクラン・セントリオの標的となった事件で喰らった「人」というのは、ギラバニア山岳地帯を根城としている野盗の一団で、村を襲撃するためにやってきた奴らだという。つまり2度にわたりブッカブーは魚を分け与え、自分を育ててくれた村を救って見せたのだ。
仮に二度とも人間の勘違いで、単に自己のテリトリー防衛の為だったというのが本当の所だったとしても村人がブッカブーに恩を感じているその感情を否定することはできない。
村人は「魔物である以上、相手が野盗とはいえ人を喰らえば標的にされる事も仕方のないことだ」といってくれてあたし達を責めることはしなかったし、断片的な情報で状況を見誤ったクラン・セントリオを恨むような声も聞こえなかったが、村はどこか重くて沈んで暗い空気に包まれていた。
あたし達は言葉にし難い後味の悪さを感じて逃げるように村を後にした。